昨日、わたしにしては色んな人とコンタクトをとりメッセージを交わしたり、とある人の「〇〇さんへの思い」を知ったりして、人と関係を持つことが多い日でした。
夜遅くまで「人間関係」ってなんなんやろ(京都で長年暮らしていたので関西弁がたまに混じります)って考えていました。
相手のことを理解するなど、不可能なこと。当たり前ですよね。知れば知るほど分からなくなる。でも知りたいと思ってしまうわたしがいる。なんでやろう?と。
思うに、わたしが人のことを知りたい!と積極的に思うのは、わたし自身の型に合うような人を求めているからなのです。孤独で淋しい。そう思うことが少なからずあります。人は一人で産まれ、一人で死んでいくもの。だから人との関係を重視するより自分の中身を膨らませて生きていく方が良いと割り切ってから、鬱状態が良くなったのは事実です。今までのわたしは人に期待し過ぎていた節がありました。相手が自分が思っていた人と明らかに違い過ぎると思ったら、ガックリときてしまう。そんなわたしでした。
焦りすぎたのでしょうね。ずっと自分の好きなことだけして体調は安定していたのですが、周囲にいる人のことも諦めずに理解したいなんて思ってしまって。当たり前だけど、相手は自分が思っていたような人ではなかった…と知り、それもまた新鮮なのですが、どっと疲れてしまいました。「所詮他人は他人」と割り切って接することで良好な人間関係を築けると思うのですが、わたしは相手の心の声が聞きたくて。そうでないと私が安心できないんです。
傲慢な考え方だなと思いながら、「一人で生きていくこと」の重要性を再確認しました。
人間関係って難しいですね…。狭く深く人と関わってきた者としては、どうやって社会性を身につけていくかが課題であると思っています。
でも「一人で生きていく」にしろ、他人に心を傾けることのできる人がいるから救われてる自分もいます。そういう人を求めている勝手な自分。自分も他人に少しでも心を傾けていたい。でも、まだ早いのかな。焦りは禁物。いまはまだ自分のことに一生懸命なわたしです。
いつか、人と互いに信頼できる関係を築いていきたい。そんなとりとめのないことを考えている朝です。